日本桜草の魅力:「名刹」旅の記録

庭に咲く花。中でも日本桜草の容姿に
ついて、画像を見ながら観賞していき
たいと思います。

さらに名刹めぐり、旅の記録をとりま
とめてみたいと思います。

名刹の旅 no24 : 吉野山・金峯山寺蔵王堂


日本一の桜の名所として知られる吉野山。春は桜、夏は紫陽花
が咲き、秋になると山々は紅葉に染まる。そして冬には雪が降
ると言う。


四季を通じてその景観は、日本有数の風光明媚な名所であり、
その上1300年もの歴史を持ち、南北朝時代の大舞台ともなった。


吉野山に行くには、近鉄吉野線で吉野神宮駅から、歩行で吉野
神宮にお参したあと吉野山全域を見渡しながら金峯山寺蔵王堂
めざすコースと、最終駅の吉野駅から、直接ロープウエイで上
がるか、又は歩いて登るコースがある。


今回は吉野駅から歩いて、ロープウエイの下の登山道を登らず、
左側の歩道沿いの道路から登ることとした。


       ★ 如意輪寺を望む


なんといっても春、吉野山は下千本から徐々に桜が開花していき、奥
千本まで、吉野山全体を桜に染めていく。今回は中千本が満開の頃で
あった。


吉野山に桜が多いのは、桜が蔵王権現の神木であるため、十分な保護
と代々の増殖による、植えられている桜の種類はほとんどが白山桜だ
という、その数は約3万本にも及ぶとのこと。


    ★ 仁王門 (国宝): 仁王(重文)

       ★ 金峯山寺蔵王堂


吉野山の中心になるのが金峯山寺蔵王堂で、吉野山のシンボルであり、
修験道の総本山として、ひときわどでかく目立つ、東大寺大仏殿に次
ぐ大建造物とのこと。なお吉野山は、大峰山を経て熊野三山へ続く
山岳霊場、大峯奥駈の一番北側にあたる。
 

  
★ 吉野南朝皇居跡 妙法殿(吉野朝宮跡)


妙法殿(吉野朝宮跡):「吉野行宮(よしののあんぐう)とも言う」
案内書によると、延元元年/建武3年(1336年)の暮、足利尊氏の京都
占領(建武の乱)によって幽閉されていた後醍醐天皇が京都を脱出し
て、吉野に入り、金峯山寺の塔頭、実城寺を金輪王寺と改名して行宮と
定めた、これが吉野行宮である。


吉野行宮は山中にある上、室町幕府側による掌握が困難な山道を
利用して、金峯山などの修験者勢力との連携、河内楠木氏、伊勢
北畠氏、伊賀黒田悪党などの、南朝側勢力との連絡をとり、京都
奪還と、足利尊氏の打倒を目指す上での重要な土地であった。


  吉野山には、吉野神宮駅から車ででも、かなり広範囲に観光できる
  が、道も狭く、駐車場も少ない、やはり歩くのが一番である。

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